美食のまち伊勢に伝わるカリスマシェフのDNA。
愛郷の味に振りかえる。

三重県伊勢市の特徴として洋食文化をはじめとする美食がある。
G7伊勢志摩サミットがあった志摩観光ホテルの先々代の総料理長は、フレンチのカリスマシェフだった。そのカリスマのスピリット(DNA)を受け継ぎ、現代に拡げているシェフがいる。


伊勢の外宮の目の前に、30年以上営業している人気フレンチレストランがある。「伊勢志摩の食材全てが宝物だ」と語る河瀬毅(かわせたけし)オーナーシェフもまた、伊勢の宝物であった。

オーナーシェフの河瀬 毅さん。チャンスは一度逃すと来ない。だから逃さい!と言う。
オーナーシェフの河瀬 毅さん。チャンスは一度逃すと来ない。だから逃さい!と言う。

すこし前の時代、固定電話は電話交換所で人の手によって配線が繋がれていた。そしてこの店舗は旧電話交換所にある。

少し昔、伊勢外宮前に山田郵便局電話分室として使われていた。白のモルタルに赤い屋根瓦の建造物。1983年この建物でフレンチレストランを開業した。
少し昔、伊勢外宮前に山田郵便局電話分室として使われていた。白のモルタルに赤い屋根瓦の建造物。1983年この建物でフレンチレストランを開業した。

今回 “食べる事を愉しむ” をモットーとする、店のこだわりを取材した。

食材は全て、地元生産者が作った物
食材は全て、地元生産者が作った物。魚介は主に志摩市の和具町、青果類も生産者がわかる物。このこだわりはまるで記者が取材をするのと同じように、直接現地に赴き自分で確かめるという。

地産地消を貫くフレンチは、今でこそ伊勢市民にとっては王道のイメージがあるかもしれないが、そうしたスタイルは、伊勢志摩サミットが開催された名門志摩観光ホテルの高橋シェフ(先々代の総料理長)から生まれた。地元で採れる食材を使ったこだわりから “アワビステーキ” が生まれ、その時のインパクトは料理人の伝説となっている。当時、アワビをそのままステーキにするという発想は、フレンチ界になく斬新であった。
こうした食材の宝庫である伊勢志摩の地はまた、職人の宝庫でもあり、高橋シェフのスピリット(DNA)を河瀬シェフは受け継いでいるのだ。受け継がれたスピリット(DNA)は、「うましくに伊勢シェフクラブ」等で、地元の若手シェフにも受け継がれている。

うましくに伊勢シェフクラブ1

うましくに伊勢シェフクラブ2

うましくに伊勢シェフクラブは、イタリアンとフレンチの分野の中でお互いが良きライバルとして仲間を尊重し、切磋琢磨することにより更なる進化が生まれることを目的として結成された。
毎年、伊勢の地に根ざしたシェフたちが伊勢神宮の外宮前に集結する、食の祭典「饗宴」というイベントを主催している。


今回取材に伺ったフレンチレストランの店内は、高い天井が雰囲気を高め、レトロなテーブルに椅子といった家具ひとつひとつにこだわりを感じさせる。

フレンチは店内の雰囲気やこだわりのおもてなしの表現である。こうした椅子やテーブルも例外ではない。
フレンチは店内の雰囲気やこだわりのおもてなしの表現である。こうした椅子やテーブルも例外ではない。

カウンターの奥に厨房があるが、ガラス越しに河瀬シェフが立っている。

お客様が少ない時は辛いという。そんな時は妥協なく鍋を磨き。庭を綺麗にする。そうすればきっとお客様の目に止まると信じている。できる職人は基本である自分の使う道具を大切にする。
お客様が少ない時は辛いという。そんな時は妥協なく鍋を磨き。庭を綺麗にする。そうすればきっとお客様の目に止まると信じている。できる職人は基本である自分の使う道具を大切にする。

取材では他のお客様の迷惑にならないよう個室を準備していただいた。その部屋にはカメラマンとして気になるオブジェが飾られていた。

ドイツベルリンのカメラメーカーローライ (Rollei GmbH) 2眼カメラが。ついついシャッターを切った。
ドイツベルリンのカメラメーカーローライ (Rollei GmbH) 2眼カメラが。ついついシャッターを切った。

落ち着いた店内で、ランチコースを食べさせて頂く。伊勢志摩の食材にこだわった料理とはどのような料理なのだろうか、と心が弾む。

本日のランチコースは、付き出し “小さな楽しみ三種” ではじまった。そして伊勢志摩の魚介を使った前菜、肉系の前菜と続く。

右からグージョエル(チーズ風味のシュー)豚肉のリエット入り。答志島でとれたちりめんじゃこのキッシュ。鳥のササミの瞬間薫製。
右からグージョエル(チーズ風味のシュー)豚肉のリエット入り。答志島でとれたちりめんじゃこのキッシュ。鳥のササミの瞬間薫製。

かぼちゃのポタージュは上品な旨さで、食する事が幸せな事だと感じた。私はまるで歌を聴いているようなハーモニーを味で感じ、フレンチは創作芸術である事に想いを巡らせた。

カボチャ(三重県玉城産)のポタージュ。
カボチャ(三重県玉城産)のポタージュ。
志摩黒あわびのブルギニヨンソース。巨大カンパチの燻製。金目鯛の炙り。アオリイカのポーピエット。ムースリーヌ(アオリイカとホタテ)の前菜。
志摩黒あわびのブルギニヨンソース。巨大カンパチの燻製。金目鯛の炙り。アオリイカのポーピエット。ムースリーヌ(アオリイカとホタテ)の前菜。

河瀬シェフが料理を運んできてくれた。そして伝説の高橋シェフの逸話を話してくれた。

河瀬シェフが料理を運んできてくれた。そして伝説の高橋シェフの逸話を話してくれた。

まだ直接高橋シェフと面識がなかった頃の話だ。
お忍びでこのお店に食事に来たそうだ。フレンチとはシェフの料理の腕だけでは成り立たず、食事をする時の空間やギャルソンのサーヴィス、そしてマダムの接待、店内の装飾を含めた総力でお客様に感動していただく時間を提供するという。

ギャルソンの画像

高橋シェフは、店内に飾りとして置いてあったギネスビールのバナーを見つけ、注文しようとギャルソンに声をかけた。実は店内のメニューには載ってなく、在庫もないビールであった。
「ここでは取り扱っていない」と説明し始めたところ、別のスタッフが間髪入れず「道向かいにある離れのカフェ店(姉妹店)で、取り扱いをしているのでお持ちします。」と柔軟な対応を行った。

蓮台寺柿の葉パウダー入りアイスクリーム。ガトーショコラ。ミニモンブラン。洋なしのタルト。ティラミス。
蓮台寺柿の葉パウダー入りアイスクリーム。ガトーショコラ。ミニモンブラン。洋なしのタルト。ティラミス。

対応したお店のスタッフは、シェフとは知らず、日常の仕事をしていただけだったが、河瀬シェフが “どうも気になる人だ・・・。
もしや!” 「あの人に似ていないか」とマダムに言うと、食事を終え店を出て行ってしまった高橋シェフを追いかけ訪ねた。すると「このお店がとてもいいお店で安心しました。」とギネスビールの話をしてくれたと言う。

取材日に私にも感じた事がある。
ノンアルコールワインを頂き、食事も進み、私はワインではなくてお水が飲みたいと思っていた。

「サーヴィスは営業ではなく自身の誇り」と言う。率先するおもてなしはお客様の表情を明るくしてくれると感じた。
「サーヴィスは営業ではなく自身の誇り」と言う。
率先するおもてなしはお客様の表情を明るくしてくれると感じた。

次にギャルソンが来たら呼び止めようを思っていた時、もうすでに彼女はグラスによく冷えた水を手に持ち現れた。
思わず「私の言いたい事がよく先にわかったね!」と言葉がでた。

「妥協しない取り組み」
「妥協しない取り組み」休日の過ごし方を尋ねた。すると生産者の所に足を運ぶと言う。どんな人が生産しているのかを知ることで感情移入が出来るという。
過去に魚を一本釣りしてもらい直ぐに血抜きをしてもらう交渉などもこうした生産者に会いに行くことから可能になった。

河瀬シェフにこの話をすると真剣に答えてくれる。

こうした事はフレンチでは当然の事だと話し、サーヴィスは単なる営業では無い事、スタッフは各々自身の仕事に誇りを持って、お客様に心地よい時間を作ろうと動くという。妥協ない取り組みだ。

松阪牛しんたま肉のカルパッチョ。三重県小俣町の野菜を使った付け合わせ。
松阪牛しんたま肉のカルパッチョ。三重県小俣町の野菜を使った付け合わせ。

こうしたスタッフの仕事に対する姿勢は、どこで生まれるのだろうかと思った。河瀬シェフがヒントをくれる。毎朝、朝食をスタッフみんなで食べるのだという。それもシェフ自ら賄いを調理して振る舞うのだ。

志摩産すずきのポアレ(一本釣り)ピュトソース。
志摩産すずきのポアレ(一本釣り)ピュトソース。

河瀬さんはその時間がとても大切だと話す。その食事の際、教え込む事があるのだと言う。一つは料理の味付けだ。塩加減一つで料理は変わるものだが、その朝の時間、河瀬シェフの味や塩加減を覚えさせると言う。

それは単なる味付けではない。特に塩とは人間にとって欠かせない必要な物。なくてはならない基礎だが、その基本が毎朝育まれる。

人の言葉やもてなしにも比喩的な塩加減がある。
人の言葉やもてなしにも比喩的な塩加減がある。

そして一緒に食べる事によって毎日のコミュニケーションを育み、朝の会話に適量な塩加減のやりとりがある事が見えてくる。この事はある意味、仮に企業が実績を上げるために朝礼をしたいなら、このお店を見習うと良いだろう。

河瀬シェフ執筆の “人生を愉しむレストラン” を読んだ。

人生を愉しむ人
帯にはこう書いてある。店名はフランス語で「人生を愉しむ人」という意味。
フランスでは、明るいうちからほろ酔い気分で上機嫌な大人たちのことを親しみを込めてこう呼ぶ。
先輩シェフの料理に感謝し珍しい食材にときめき。アンティークに一目惚れ・・・「ひと皿の力」を信じ歩いてきたシェフ河瀬毅の極上アラカルト。

命をつなぐことは食べること。人には例外なく共通の衣食住がある。
そして誰でも試練が訪れる。 もし自分の生涯が食べる事を愉しむことが出来る人生ならと考えると、なんと素敵な話なのだろう。フレンチとはそんな想いを巡らせてくれる料理であることを、河瀬シェフは教えてくれる。

「マダムの覚え書き」河瀬 恵子
「マダムの覚え書き」河瀬 恵子 もしこのお店を愛せなくなったら仕事に来るのが嫌になったら、あがって(辞めて)ください。このお店はみんなの心で運営されています。気持ちが、心がなくなったら、すぐ申し出てください。がんばっているみんなのためにも、早く。お客様が快適に楽しい時間を過ごしていただけるよう、常に目くばり、気くばり、心くばりを。この店を好きであるならば、全力投球でお願いします。人生を愉しむレストランより引用。

もし私の最後の晩餐を希望できるなら。やはり地元の食材が食べたいと考えてしまう。
人への想いのある仕事をするレストランは、愛郷の味に振り返らせてくれる。


(2016年10月5日取材)
企画編集:三重に暮らす・旅するWEBマガジンOTONAMIE運営本部
取材:井村 義次(OTONAMIE公式記者)

三重の食結び「豊かな食の伝道師たち」
http://www.shoku.pref.mie.lg.jp/jp/contents12.html

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