三重県伊勢市の特徴として洋食文化をはじめとする美食がある。
G7伊勢志摩サミットがあった志摩観光ホテルの先々代の総料理長は、フレンチのカリスマシェフだった。そのカリスマのスピリット(DNA)を受け継ぎ、現代に拡げているシェフがいる。
伊勢の外宮の目の前に、30年以上営業している人気フレンチレストランがある。「伊勢志摩の食材全てが宝物だ」と語る河瀬毅(かわせたけし)オーナーシェフもまた、伊勢の宝物であった。
すこし前の時代、固定電話は電話交換所で人の手によって配線が繋がれていた。そしてこの店舗は旧電話交換所にある。
今回 “食べる事を愉しむ” をモットーとする、店のこだわりを取材した。
地産地消を貫くフレンチは、今でこそ伊勢市民にとっては王道のイメージがあるかもしれないが、そうしたスタイルは、伊勢志摩サミットが開催された名門志摩観光ホテルの高橋シェフ(先々代の総料理長)から生まれた。地元で採れる食材を使ったこだわりから “アワビステーキ” が生まれ、その時のインパクトは料理人の伝説となっている。当時、アワビをそのままステーキにするという発想は、フレンチ界になく斬新であった。
こうした食材の宝庫である伊勢志摩の地はまた、職人の宝庫でもあり、高橋シェフのスピリット(DNA)を河瀬シェフは受け継いでいるのだ。受け継がれたスピリット(DNA)は、「うましくに伊勢シェフクラブ」等で、地元の若手シェフにも受け継がれている。
うましくに伊勢シェフクラブは、イタリアンとフレンチの分野の中でお互いが良きライバルとして仲間を尊重し、切磋琢磨することにより更なる進化が生まれることを目的として結成された。
毎年、伊勢の地に根ざしたシェフたちが伊勢神宮の外宮前に集結する、食の祭典「饗宴」というイベントを主催している。
今回取材に伺ったフレンチレストランの店内は、高い天井が雰囲気を高め、レトロなテーブルに椅子といった家具ひとつひとつにこだわりを感じさせる。
カウンターの奥に厨房があるが、ガラス越しに河瀬シェフが立っている。
取材では他のお客様の迷惑にならないよう個室を準備していただいた。その部屋にはカメラマンとして気になるオブジェが飾られていた。
落ち着いた店内で、ランチコースを食べさせて頂く。伊勢志摩の食材にこだわった料理とはどのような料理なのだろうか、と心が弾む。
本日のランチコースは、付き出し “小さな楽しみ三種” ではじまった。そして伊勢志摩の魚介を使った前菜、肉系の前菜と続く。
かぼちゃのポタージュは上品な旨さで、食する事が幸せな事だと感じた。私はまるで歌を聴いているようなハーモニーを味で感じ、フレンチは創作芸術である事に想いを巡らせた。
河瀬シェフが料理を運んできてくれた。そして伝説の高橋シェフの逸話を話してくれた。
まだ直接高橋シェフと面識がなかった頃の話だ。
お忍びでこのお店に食事に来たそうだ。フレンチとはシェフの料理の腕だけでは成り立たず、食事をする時の空間やギャルソンのサーヴィス、そしてマダムの接待、店内の装飾を含めた総力でお客様に感動していただく時間を提供するという。
高橋シェフは、店内に飾りとして置いてあったギネスビールのバナーを見つけ、注文しようとギャルソンに声をかけた。実は店内のメニューには載ってなく、在庫もないビールであった。
「ここでは取り扱っていない」と説明し始めたところ、別のスタッフが間髪入れず「道向かいにある離れのカフェ店(姉妹店)で、取り扱いをしているのでお持ちします。」と柔軟な対応を行った。
対応したお店のスタッフは、シェフとは知らず、日常の仕事をしていただけだったが、河瀬シェフが “どうも気になる人だ・・・。
もしや!” 「あの人に似ていないか」とマダムに言うと、食事を終え店を出て行ってしまった高橋シェフを追いかけ訪ねた。すると「このお店がとてもいいお店で安心しました。」とギネスビールの話をしてくれたと言う。
取材日に私にも感じた事がある。
ノンアルコールワインを頂き、食事も進み、私はワインではなくてお水が飲みたいと思っていた。
次にギャルソンが来たら呼び止めようを思っていた時、もうすでに彼女はグラスによく冷えた水を手に持ち現れた。
思わず「私の言いたい事がよく先にわかったね!」と言葉がでた。
河瀬シェフにこの話をすると真剣に答えてくれる。
こうした事はフレンチでは当然の事だと話し、サーヴィスは単なる営業では無い事、スタッフは各々自身の仕事に誇りを持って、お客様に心地よい時間を作ろうと動くという。妥協ない取り組みだ。
こうしたスタッフの仕事に対する姿勢は、どこで生まれるのだろうかと思った。河瀬シェフがヒントをくれる。毎朝、朝食をスタッフみんなで食べるのだという。それもシェフ自ら賄いを調理して振る舞うのだ。
河瀬さんはその時間がとても大切だと話す。その食事の際、教え込む事があるのだと言う。一つは料理の味付けだ。塩加減一つで料理は変わるものだが、その朝の時間、河瀬シェフの味や塩加減を覚えさせると言う。
それは単なる味付けではない。特に塩とは人間にとって欠かせない必要な物。なくてはならない基礎だが、その基本が毎朝育まれる。
そして一緒に食べる事によって毎日のコミュニケーションを育み、朝の会話に適量な塩加減のやりとりがある事が見えてくる。この事はある意味、仮に企業が実績を上げるために朝礼をしたいなら、このお店を見習うと良いだろう。
河瀬シェフ執筆の “人生を愉しむレストラン” を読んだ。
命をつなぐことは食べること。人には例外なく共通の衣食住がある。
そして誰でも試練が訪れる。 もし自分の生涯が食べる事を愉しむことが出来る人生ならと考えると、なんと素敵な話なのだろう。フレンチとはそんな想いを巡らせてくれる料理であることを、河瀬シェフは教えてくれる。
もし私の最後の晩餐を希望できるなら。やはり地元の食材が食べたいと考えてしまう。
人への想いのある仕事をするレストランは、愛郷の味に振り返らせてくれる。
(2016年10月5日取材)
企画編集:三重に暮らす・旅するWEBマガジンOTONAMIE運営本部
取材:井村 義次(OTONAMIE公式記者)
三重の食結び「豊かな食の伝道師たち」
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