東紀州にあった、ひとつながりの秘宝

 

ぐるぐるまわる、つながりの旅へ

国道311号線の旅。
紀伊半島の東側に続く、のこぎりの歯のように複雑に入り組んだリアス式海岸。 海岸線の入江は、波が穏やかで水深が深いことから、良港として古くから活用され、沿岸漁業や養殖漁業が東紀州と呼ばれるこの地域一帯の暮らしを支えてきた。 圧倒的な自然と、港町の穏やかな暮らしの風景を訪ね、リアス式海岸線に沿うように走る国道311号線をゆっくりと散策してみることにした。

楯ヶ崎から眺める太平洋

その姿、圧倒的。

紀勢自動車道新鹿インターチェンジをおり、海岸線を沿うように走る国道311号線へ。白砂も美しい新鹿海水浴場を右手にを北上、最初の目的地、楯ヶ崎(たてがさき)を目指す。国道沿いの駐車場からは、徒歩で約40分。木々の間を縫うように設置された遊歩道を進むと、見事に広く、大きな花崗岩の斜面が広がる。 白く泡立つ波、広がる水平線。その先に…、雄々しくそびえたつ楯ヶ崎。海から垂直に立ち上がる柱状節理の花崗岩。リアス式海岸特有の奇岩、巨岩の風景にしばし圧倒されながら、この風景を生み出した自然の力を感じる。

楯ヶ崎(たてがさき)

峠を超えるたびに、変わる風景

楯ヶ崎を後にさらに北へ進む。切り立つ岩場、荒波が打ち付ける磯。太平洋から打ち寄せる荒波は、山を削り石を生む。波に洗われ、何度も何度も転がりながら、海岸線に辿り着いた石は角が取れ、丸い石になる。山と海と、波の力が生み出した風景を目の当たりにすると、悠久の時を刻む大いなる自然を感じることができる。

切り立つ岩場と打ち寄せる荒波

漁村の暮らしと、森。

熊野市から尾鷲市に入り、三木里町に差し掛かると海岸線の風景は一変する。世界遺産熊野古道の難所、八鬼山峠の入り口となる三木里町の海岸線には、広い砂のビーチが広がる。山々の風景も少しずつ変わる。重なりあうように突き出した岬に守られた穏やかなビーチと、白い砂浜の目前まで迫る山々の風景を後に、国道311号線をさらに進む。

三木里の穏やかなビーチ

古くから大型定置網漁でのぶり漁が盛んにおこなわれてきた尾鷲市。早田(はいだ)町もそんな漁師町のひとつである。早田町の入り口に広がる「茜の森」を訪ねた。九鬼湾に面したナサ崎にある森林公園は、クス、タブノキ、ウバメガシ、ヤマモモなど天然の広葉樹に覆われた散策スポットとなっています。成長が早く潮風にも強いウバメガシは、漁村近くの山ではよく見かけられ、漁村での暮らしを支えるうえで欠かせない燃料として重宝されてきた。薪を拾いに行くことで山に人が入り、人が維持した豊かな山に降る雨が、海に栄養をもたらす。そして、その豊かな海から獲った魚が、漁村の暮らしを支える。漁師が育て、守った山を歩く。

森の中を歩く

展望デッキ

展望デッキから見える定置網

茜の森の展望デッキからは、大型定置網を眺めることができる。早朝なら、操業する姿を望むことも。これほど陸の近くで何十トンもの魚が穫れることに、豊かな自然への感謝の念が湧き上がる。

尾鷲ヒノキの森

早田町から九鬼町へと続く国道311号線の風景は、尾鷲ヒノキの森の風景へと変わる。林業が大きな産業のひとつでもあった尾鷲市の風景。九鬼町で山の手入れをされている宮崎司さんのご厚意で、尾鷲ヒノキの森を散策させていただいた。険しい斜面に、まっすぐと空に向かって伸びるヒノキ。急峻な地形とやせた土壌という木が生育するには非常に厳しい条件の中、ゆっくりと長い年月をかけて育った尾鷲ヒノキは年輪が緻密で、油分が多く光沢があり、耐久性にも優れているといわれている。

険しい林道

険しい山の斜面に道を作り、木の上で枝を払い、間伐する。歩くだけでも大変な林道を、作業をしながら。永い永い年月をかけて山を育てる。80年先、100年先の未来を作る仕事が、ここにはある。

海と道と家の、ひとつながりの風景。

国道311号線をゆっくりと北上する旅は、九鬼町へと。風待ちの港として栄え、大阪から江戸に向かう貨物船や多くの船が寄港した良港の港町には、今ではめずらしい堤防やガードレールのない漁港の風景が残る。
海と、道と、家がひとつながりの暮らしの風景を感じさせる。

九鬼港の風景

雄々しいリアス式海岸の風景と、峠を越えるごとに変わる変化に飛んだ風景を楽しみながらの旅。東紀州の、海と山と、森と暮らしを訪ねる旅は九鬼町でひとまずのゴールを迎えた。夕暮れの九鬼湾を望みながら、そろそろすきはじめたおなかを満たすべく、尾鷲の町を目指すことに。


居酒屋 芹の花でのワンシーン

はしご酒の町、尾鷲を食す。

三重県南部の町、尾鷲市は人口18,000人が暮らす町。漁業と林業が盛んな町は、はしご酒の文化が今も残る。市内には60軒を超える飲食店が営まれ「尾鷲旬のコツまみバル」など、食を楽しむイベントがいくつも開催されている。はしご酒の文化は、諸説あるようだが、山と海に囲まれた小さな平地に寄り添うように家々が立ち並ぶ町そのものの造りが生み出した文化といわれている。
午後3時から営業している居酒屋や、朝8時まで営業のお好み焼き屋など、早い時間帯から朝方まで開けている店があるのもまた、漁師町ならではの文化なのかもしれない。


元漁協職員のマスター

漁のない日は魚もないんやで。今日はよかったね。

そんな尾鷲の町でまず食べたいのがお造り。元漁協職員のマスターが包丁を握るお店へ。今日はカマスとキハダマグロにシオ(カンパチの幼魚)。
漁協の職員として長く港で魚を扱ったマスターは、尾鷲に暮らす人が旨い魚を食べに来てくれる店を作りたい…とお店をオープンさせたそうだ。「尾鷲の町で魚が新鮮なことは当然。それよりも本当に旨い魚を、納得して食べてもらいたい。」長年港で鍛えた魚の目利きで自ら魚を選び、魚があっても仕入ない日もしばしば。「台風の日にうちに来て、今日のお造りは?なんて聞かれたら帰ってもらうよ~。」港町だからと言って毎日魚があるわけではない。漁のない日は魚はない。当たり前のことのように思えるが、いつでもスーパーに魚が並ぶ、都会の風景とは違った、港町ならではの常識がここにはあるのだろう。

今日のお造り シオ・キハダ・カマス
今日のお造り シオ・キハダ・カマス
尾鷲漁協の湯浅さん

これ、知ってます?ツナギ。

尾鷲の町をご案内頂くのは尾鷲漁協早田支所の湯浅光太さん。尾鷲生まれ、尾鷲育ちの湯浅さんは一度は名古屋で就職、結婚後お子さんが生まれたことをきっかけに尾鷲に戻ってきたそうだ。「自分が育った尾鷲のまちで子育てをしたかった。」と湯浅さんは語る。

「これがね、ツナギです。尾鷲っぽい、尾鷲独特の食べ物かもしれませんね。」

「ツナギ」は、小さなアジやサバを開いて味醂(みりん)に漬け干した干物。小さな魚がつながった独特なフォルムと、香ばしい味醂の香り、柔らかな歯ごたえの逸品。ツナギの呼称の由来は、小さな魚がつながったその形状からや、漁師さんが漁の合間に、仕事のツナギとして製造したことから…など諸説あるようだ。近年では食べることのできる店が少なくなったという。

豆鯵のつなぎ
豆鯵のつなぎ
マスターとその家族
洋風居酒屋オン・アンジュの料理

海老の町、尾鷲の絶品パスタ

定置網漁に近海・遠洋漁業、底引き網に刺し網漁、はえ縄漁など、さまざまな漁法で獲れた魚が水揚げされる尾鷲港は、その魚種も豊富。なかでも海老は多彩で、伊勢えびはもちろん、ぼたんえびや手長えびなど8種類以上の海老が水揚げされてる。中には鮮度が落ちやすく、尾鷲でしか食べられないような海老も。
尾鷲はしご酒の旅の2軒目は、そんな海老の逸品を食べることができるイタリアンのお店へ。このお店の一押しのメニューは「くもえびのトマトクリームパスタ」。くもえびの正式な和名はオオコシオリエビ。水深200mより深い深海性の海老で、都心部ではほぼ見かけない海老である。

ワインと東紀州の魚

パスタにワイン。平成18年に洋風居酒屋としてオープンしたこちらのお店は、尾鷲駅から徒歩5分の立地もあり、尾鷲の主婦層に絶大な人気を誇っている。取材のこの日も、尾鷲マダムたちが、ワインを楽しみながらの女子会を行っていた。
尾鷲の町のイメージ…となると、すし・お造り、日本酒。といった、どちらかと言えば男性的な、どちらかと言えば和食のイメージが先行しますが、駅前にこんな素敵な雰囲気のお店があるなんて。

「美味しいものを食べに、電車で来てもいいくらいの町なんですよ。」

本当に新鮮な「地のもの」はそこでしか食べられない。くもえびのパスタは、そんな逸品なのかもしれない。

地魚のホットサラダ(ヘダイ)
地魚のホットサラダ(ヘダイ)
アオリイカとイシガキ鯛・キハダマグロのカルパッチョ
アオリイカとイシガキ鯛・キハダマグロのカルパッチョ
店の外観
尾鷲市内の細い路地

まち歩きもまた、楽しい。

はしご酒の3軒目に向かう尾鷲の道。独特の細い通り沿いにちらほらと光るお店の看板。尾鷲市内にはこういった路地がいたるところにあり、お店が点在している。民家の間にある店舗を見つけるのもまた、まち歩きの楽しみ方なのかもしれない。

季節料理 江戸っ子

この日3軒目となるお店は、湯浅さん行きつけの季節料理のお店。ビール、ワインときて日本酒。なるほど、奥が深い…。つきだしの一品として出されたのは、ちゃんぽこと鬼えび。「ちゃんぽこ」は貝の正式名称ではなく、サザエやほら貝といった有名な貝以外の小さな巻貝(ギンタカハマ・クボガイ・バテイラ)の総称だとか。鬼えびもまた、港町ならではの食材。この海老も鮮度が落ちやすく、すぐに色が悪くなってしまうために、ほとんど地元だけで食べられている海老ですが、これがものすごくうまい。地元の人たちは、「足が早くて流通できない」ことを言い訳に、こんなうまい海老をいつも食べているのかと思うと、ちょっとうらやましく思える。

ちゃんぽこと鬼えび
ちゃんぽこと鬼えび
ちゃんぽこ
ちゃんぽこ

先代である祖父が亡くなった後、大阪の専門学校で料理を学び2代目として店を切り盛りするのは、野間 凌さん。店の味を引き継ぎ、頑張っている。
「お父さん(先代)が亡くなって、もうお店を続けていけないと思ってたん。ほんまに、この子がやるって言わんかったらこの店閉めるつもやったんさ。」46年間、先代と2人でこの店を守ってきた祖母の悦子さんは言う。この町の明かりを、自分たちで一つでも消したくない。このお店の変わらない味と、変わらない風景が、はしご酒のまち、尾鷲の変わらない日常なのかもしれない。

尾鷲の郷土料理 鯵の姿寿司
尾鷲の郷土料理 鯵の姿寿司
先代から変わらぬ味のだし巻きが自慢
先代から変わらぬ味のだし巻きが自慢
二人三脚で先代からのお店を引き継ぐ祖母と孫。

つなげるコト、つながるコト。

高齢化や過疎が進む東紀州。漁業は後継者不足が大きな課題となっている。そんな中、湯浅さんが働く尾鷲市早田町では新たな漁業者の育成のため、「早田漁師塾」を開催。4週間にわたる漁業体験を実施し、これまでにたくさんの漁業者を送り出している。

「なくなることは簡単なんです。でも、一度なくなるともう元には戻せない。だから今、もっとたくさんの方にこの地域に来てもらって、知ってもらって、食べてもらって。なくしたくないでしょ?って知ってもらいたいんです。なくしちゃ、もったいないなって思ってもらいたいんです。」

店内の風景

熊野市楯ヶ崎からはじまった旅。海と山、森と山、そして暮らしとまち。それぞれがつながりあい、それぞれが関わりながら今、つながっている。
東紀州の旅は、そんなひとつながりを強く感じる旅となりました。
この地域のふところの深さを感じつつ、さて、もう一軒まいりましょうか…。


(2016年11月7日取材)
企画編集:三重に暮らす・旅するWEBマガジンOTONAMIE運営本部
取材:きただ まさき(OTONAMIE公式記者)

取材協力

芹の花
三重県尾鷲市中井町8-8
Tel 080-1550-1911

洋風居酒屋 オン・ジュアン
三重県尾鷲市野地町10-1
Tel 0597-22-4222

季節料理 江戸っ子
三重県尾鷲市栄町6-9
Tel 0597-22-2666

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