食通もうなる。三重の季節を告げるすし文化。

 

山の栄養分をたっぷり含んだ恵みの水が、木曽三川や宮川などを通じて、三重県の北中部や伊勢志摩に隣接する伊勢湾に流れ込む。

また、三重県の南部に面する太平洋はリアス式海岸であり、沿岸部と山間部が隣接しているダイナミックな地形で、山の栄養分がダイレクトに海に流れ込む。

煮はまぐりのお寿司の写真
煮はまぐりのお寿司(桑名・三重すし街道HPより)

春。伊勢湾に春の息吹であるコウナゴやシラス、シラウオが揚がり始める。北部の桑名ではハマグリも旬を迎え、県内各地では、緑のじゅうたんを敷き詰めたようなアオサ漁が最盛期となる。万葉集※に詠われている御食国※(みけつくに)・志摩では、三重県を代表する産品であるアワビの漁が解禁になる。そのころには夏を迎える。

※万葉集:今から1200年ほど前に編さんされた現存する最古の和歌集
※御食国:日本古代から平安時代まで、皇室・朝廷に海水産物を中心とした食料を貢いだと推定される国を指す言葉。

岩牡蠣の写真
岩牡蠣(鳥羽・三重すし街道HPより)

夏。アカウニ、スズキ、シロギスなどが揚がる。夏の牡蠣(かき)である大きな大きな岩牡蠣の出荷が最盛期を迎える。東紀州(三重県南部)では高級魚のメイチダイが揚がったと聞けば、地元っ子も飛びつく。

秋。真牡蠣を求めて鳥羽や志摩の牡蠣小屋に観光客が列をなす。一部でアマダイも揚がったいう話が出て、丸干しに最適な脂が抜けたサンマが東紀州の軒先に干されるころ、そろそろ冬だ。

大型定置網漁の写真
大型定置網漁(尾鷲)

冬。三重県南部、尾鷲では大型定置網漁が活気づき、小さな漁村に魚があふれる。漁師が白い息を吐きながら早朝より船に乗り込み「エッサー!エッサー!」と威勢の良いかけ声とともに、豊富な魚種の魚が揚がる。キツネ(ハガツオ)が揚がれば高値で取引される。一方、三重県が誇る伊勢えび漁も解禁になり、深夜に巻き網漁師がトコトコとエンジン音を響かせながら暗い海に漁へ出る。
あのりふぐも旬を迎える。尾鷲や紀北でカツオやブリが揚がり始めたころ、そろそろシラウオのすしが北部の桑名に早春を告げる。

三重県のすしネタのイラスト

イメージ(三重すし街道HPより)

三重県は北から南まで沿岸部が長く、また北の伊勢湾と南の太平洋と言う異なる海域を持つ漁場を有していて、その地その地に旬を告げるすしがある。


今回は、その中でも “まぼろしの牡蠣” と言われている、渡利牡蠣(わたりがき)を取材した。渡利牡蠣が獲れる紀北町では、秋を告げる産品であり、すしとしても食される。また、10年くらい前までは、ほとんど地元で食されていたため、近隣の集落でもその存在を知らない人がいたほどだ。まさにまぼろしの牡蠣と呼ぶにふさわしい。

渡利牡蠣の漁場の写真

三重県の牡蠣は主に海水で育つのに対し、まぼろしの渡利牡蠣は淡水と海水が交わる漁場で育つ。

———「ここでは牡蠣を、厳しく育てています。」

紀北町で渡利牡蠣の養殖を営む畦地さんの写真

そう語るのは、紀北町で渡利牡蠣の養殖を営む畦地(あぜち)さん。昭和2年から続く水産会社の4代目だ。牡蠣を厳しく育てるとはどういうことなのだろうか。

渡利牡蠣の漁場へ流れ込む川の写真

このエリアは日本でも有数の年間降水量が多く、激しい降り方をする地域としても有名だ。

畦地さん:「中学生のときに、雨にうたれて ”痛い” って思った経験があります。この感覚ってわかないでしょ(笑)。雨の日にね “どうせ長靴を履いて通学しても、跳ね返りの雨で長靴の中がびしょびしょになるから” とサンダルとタオルを持って通学していました。それくらい雨がすごい降り方をするんです。」

渡利牡蠣の漁場の写真

渡利牡蠣の養殖場は、海と川が交わった白石湖にある。そのため、山からの水、川からの水、海からの水が流れ付く特殊な地形だ。冷たくて重い海水は下層に、温かくて軽い淡水は上層にある。台風や潮流がそれらの淡水海水の層をちょうど良いバランスでブレンドしてくれるものの、やはり温度差や栄養分が一定の場所で育つ牡蠣より、渡利牡蠣は厳しい環境で育っているのだ。

渡利牡蠣養殖の写真

畦地さん:「牡蠣を養殖する場合は、通常、県外などから稚貝を仕入れて養殖するのに対して、白石湖で同じようにしても環境が厳しいので育たないんです。だから一貫して白石湖で獲れた稚貝を養殖しています。ここの環境に、グっと貝殻を閉じて耐えられるDNAを持っているのが渡利牡蠣です。こうした一貫した生産方法は、県内では珍しいと聞いています。」

良く晴れた取材日。ダイナミックな自然を観ながら船上で聞いた、まるで子どもの育て方のように牡蠣の育て方を語る畦地さんが、少しうらやましく思えた。

紀北町で渡利牡蠣の養殖を営む畦地さんの写真

———厳しい環境でグッと貝殻を閉じて、海と山の養分をたっぷり含んだ、まぼろしの牡蠣の味は・・・。

畦地さん:「海水と淡水の交わる環境で育つので、いわゆる牡蠣のえぐ味が少ないです。身が黄色っぽく、それはグリコーゲン(糖分に変わる)がしっかりと蓄積された証拠であり、旨みが濃いということにつながります。またグっと閉じて耐えるので貝柱の食感も良いです。」

なんでも、牡蠣が苦手だったお子さんも、ここの牡蠣なら食べることができる、と言った事例もあるらしい。

一口食べれば “ん!?これは本当に牡蠣なの?” と言う反応をする人がいる程、味の違いがあるという。

早速、味の違いを確かめるべく、近くにあるすし店に伺った。

———まぼろしの渡利牡蠣を、いざ実食。

紀北町にあるこのすし店には、大阪、京都、東京などからも渡利牡蠣を求めて11月くらいから客が来店するという。

すし店店主の写真

「伊勢神宮に来た県外の方が、伊勢から足を運んで食べに来てくださいました。」

こう語るのは店主の奥村さん。ランチに豊富な地場の魚介類メニュー、宴席が多い店内、キープされたボトルが並んでいるのを見る限り、地元の方々にも愛されているお店なのだと感じた。

すし店のメニュー看板の写真
地元の旬の魚が堪能できる。

まずは渡利牡蠣の味をそのまま味わうために、生のまま頂いた。

渡利牡蠣の写真

通常、生牡蠣は多くの量を食べ進めるうちに、口の中にえぐ味が残る。最初は生のままたくさん食べたいと思っても、結局生で食べたのは数個だけで、あとは焼き牡蠣にした経験はないだろうか。

驚くことに、渡利牡蠣は牡蠣独特のえぐ味を感じない。そして先程の漁師さんが言っていた意味がよく分かった。そう、牡蠣の旨みが濃いのだ。若干オーバーな表現になるかもしれないが、生で何個でも食べれそうな気がした。

続いて渡利牡蠣をすしで頂いた。

渡利牡蠣のすしの写真

甘辛く煮た渡利牡蠣と酢飯の酸味、そしてこの地方独特の食文化である、すしにからしという組み合わせがとても合う。そしてやはりえぐ味が少なく、甘辛く煮たとはいえども旨みが濃く、充分に堪能することができる。何貫でも食べてしまいそうになる。遠方からわざわざ訪れる人がいるのも納得できる。

先程の取材した畦地さんのお話しを思い出した。
畦地さん:「カナダ人の方が視察に来たときに、渡利牡蠣を食べて “clean!” だか “clear!” みたいなことを連呼していました。」
まさに雑味がなく、クセがない、旨みの詰まった味であることは、外国人にも伝わるようだ。

———山の神を笑わせる!花おこぜの昔はなし。

旅ですし店を訪れたなら、すし以外の地場の海産物を頂くのも醍醐味である。

東紀州で揚がった深海魚、花おこぜの唐揚げを頂いた。

なにやらこの花おこぜには、隣町の尾鷲に伝わる昔話があると、店主の奥村さんが教えてくれた。

花おこぜの唐揚げの写真

要約するとその昔、尾鷲の山の神と海の神に小競り合いがあり、山の神が負けた。その山の神を慰めるために、海の民が懐に花おこぜを忍ばせて山の神のもとに行った。その花おこぜを見せたところ、その醜い姿に山の神に仕える氏子が爆笑し、山の神が機嫌を取り戻したという。
(詳しくは https://www.kankomie.or.jp/mMukashi/
そして現在でもこの昔話は、伝統行事として毎年行われている。

こういった旅先で聞くお話しも、楽しい想い出となる。
味の方は、冬の花おこぜとあり、身がしまっていてクセがなく美味しい。

———押しずしの文化。

押しずしの写真
カマスの押しずし

東紀州はサンマの棒ずしに代表されるように、押しずしの食文化もある。今回取材したお店では、独自にカマスの押しずしを開発していた。このように古き良き伝統を守るとともに、新しいことに取り組んでいるすし店が三重県には多いように感じる。


今回の取材を通じて、やはり現地に行って食べることの楽しさを実感した。そして三重県は、春夏秋冬、どのシーズンに行っても旬のすしが堪能できる。

現地に行ってみなければわからない “楽しさ” ”美味しさ” を、ぜひ味わって欲しい。

———おまけのお話し

今回の取材で訪れたすし店は、海山町の引本漁港の近くで定食屋を営んでいたと聞いた。
そこで取材後に行ってみたが、なんとも1960年代の空気が漂う、なつかしい街並みであった。

街並みの写真

街並みの写真

食と共に、レトロな街並みを楽しむのもおすすめだ。


(2016年11月29日取材)
企画編集:三重に暮らす・旅するWEBマガジンOTONAMIE運営本部
取材:村山 祐介(OTONAMIE記者)

三重の食結び(豊かな食の伝道師たちコンテンツ)
http://www.shoku.pref.mie.lg.jp/jp/contents12.html

三重すし街道
http://www.kotobuki-mie.co.jp/mie-sushikaidou/

取材協力

一冨士(いちふじ)
http://ichifuji-kihoku.com
三重県北牟婁郡紀北町相賀1992-8
Tel 0120-124-469

TOP