三重に根付くあんこ文化。トレンドに流されない、独自の美学を貫く老舗あんこ屋の心意気。

———三重の道は餅街道。伊勢街道の終着地にある製あん所。

古くから、伊勢神宮を目指したおかげ参りで賑わった伊勢街道。
その影響は餅文化として県内各地に、今なお残っている。
今回は、そんな現代の餅文化を支える老舗製あん所に伺った。

吉村幸雄さん(左)次女の弘子さん(中)長男の修一さん(右)

取材に対応していただいたのは、左から吉村幸雄さん、次女の弘子さん、長男の修一さん。

製あん所の玄関

ところで、製あん所とは、どんな仕事をしているところなのだろうか。
ここでは、原料の小豆を仕入れ、粒あんやこしあんに加工して製品として販売している。
一般消費者向けから、菓子メーカーや和菓子店向けのものまである。
また、昔から店頭で計り売りも行っている。

計り売りの料金表

弘子さん:子どものときに店番をしていたこともあり、あんこ屋だけに「あんちゃん」って呼ばれていました。

———曲げない、という潔さ。

事前情報で、ここの製あん所は大手菓子メーカーや老舗和菓子店からも、高い評価があると聞いた。そこには徹底した原材料へのこだわりや、昔から伝わるあんの味を守り続けているという理由があるらしい。

幸雄さん

幸雄さん:曲がったことが、嫌いなんです。

これほど切れ味の良い言葉を聞いたのは、久し振りだった。
そして今回の取材の全てを物語る言葉だ。
具体的にそれがどういうことなのか、迫っていきたい。

———惜しげもなく、上質の小豆だけを使う姿勢は小豆の産地で話題に。

大正13年に幸雄さんの両親が松阪市で創業した。
幸雄さんは昭和30年に伊勢市に支店を開き、以来のれんを守り続けている。

最高品質の十勝産小豆「雅」を前に、工場長の北村さん。
▲最高品質の十勝産小豆「雅」を前に、工場長の北村さん。

この製あん所の名を高めている理由のひとつは厳選された材料へのこだわり。
小豆は北海道十勝産の最高品質ブランドとして名高い「雅(みやび)」の新物だけを使用。「雅」は高級和菓子店御用達の銘柄だ。

小豆を煮ている写真

弘子さん:町のあんこ屋で、こんな上質の小豆を惜しげもなく使っているのはウチくらいだって、北海道では有名らしいです。

そう得意げに話す弘子さんに、家業への誇りを感じた。
工場を巡ると、思ったよりも大きな設備が工場中に並んでいることに驚かされる。
ここでは生産量の増加に対応するために、20年ほど前に新たに機械を特注。

弘子さん:これだけの設備で生あんを作る製あん所は、全国でも数えるほどです。

工場内で作業をする、工場長の北村さん
▲工場内で作業をする、工場長の北村さん

工場長にこの日製造していた「こしあん」を例に、流れを説明してもらった。
作業が始まるのは朝5時半。
豆を洗い、創業以来使い続けている銅釜で3時間近く、熟練の職人が豆の具合を確認しながら手間をかけて炊き上げる。
小豆が炊けたら、こしあんの場合は皮と実をふるいで剥がして分けていく。

最近では、皮と実を分けるという手間暇をかけず、皮ごと粉砕しパウダー状にして、こしあんの中に入れているのが一般的な製法だと聞くが・・・。

弘子さん:ウチは、皮は入れていません。

伝統の味を曲げない、ということ。
それは代償として、手間暇をかけるということ。

以前に有名な和菓子屋から、
「皮の入っていないこしあんが、なかなか見つからない」
ということで、声をかけてもらったこともある。

生あんを製造中の写真

皮から剥がした身の部分を水槽で冷ました後は、上澄みを捨て、沈殿した小豆を特注の搾り機にかけると、砂糖の入っていない状態の粉状のあんである「生あん」が出来上がる。この生あんがこしあんの原料となる。

弘子さん:生あんが出来るまでには、さまざまな工程を踏むことになるんです。

生あんが出来たら、1時間ほどかけて砂糖と水を混ぜ合わせていき、「加糖あん」の状態に作り上げていく。加糖あんという言葉、普段はあまり耳にする機会はないが、あんこ屋にとってはごく自然に使われる言葉で、生あんに砂糖と水が合わさったものが加糖あん。こしあんであっても粒あんであっても、砂糖と水が合わさっていれば加糖あんということだ。

1度に出来上がる加糖あんの量は200kg程度。1日に約1トンを製造しているので、朝から5回、この作業を行うことになる。

リフトでつり上げられる銅鍋

出来上がった加糖あんは大きな銅鍋に入れられ、リフトでつり上げられ充填機に投入される。
その瞬間、出来立てのあんの良い香りが辺りに充満した。
初めて見る私にとって、大きな銅鍋が釣り上げられていくのは、視覚的にも嗅覚的にも印象に残る場面だった。

充填機に投入されたあんはポンプを使ってパッケージにつめ込まれ、ようやく商品が完成する。

パッケージ詰めされた商品

———「甘さ控えめ」というトレンドに流されなかった男。

今から20年ほど前、和菓子業界では「甘さ控えめ」がトレンドとなった。
多くの和菓子店や製あん所が、競ってその流れに乗った。
砂糖の量を控えて、甘さを抑えようとしたのだ。
だが、幸雄さんはその傾向を良しとはしなかった。

幸雄さん:私は昔ながらのやり方で味を出すと決めて、それを今でもずっと貫いていますんやわ。本物が好きなんです。

外国産の甘味料が幅を利かせた時代には、価格競争により販売面で苦しい時期もあったというが、昨今、本物の味を求める時代の流れが、幸雄さんのやり方を後押ししてくれている。

あん作りへのこだわりを聞きながら、特製のこしあんをいただいた。

試食させてもらったこしあん

上質な砂糖を感じる、品の良い甘み。
きめが細かく、濃厚でまろやかな味わいが口の中に広がる。
それでも、口にして甘さにしつこさを感じない。

弘子さん:質の良いお砂糖しか使っていないから、しつこさがないんです。

調整糖や合成甘味料などを使って糖度を下げながら甘みを出していると、甘さがいつまでも口の中に残る。しかし良質の材料から生まれる上質な甘みは、一瞬口の中で広がって、スッとすぐに消える、と弘子さんに教えてもらった。

幸雄さん:だから、また食べたくなるんですわ。甘さ控えめって皆が言い出した頃でも、多くの老舗の和菓子屋は一切そういうことをせずに、昔のままの甘さで続けてきたんです。

幸雄さん

「曲がったことが、嫌いなんです」
冒頭にそう語った、幸雄さんの言葉が浮かんだ。
ただ、やみくもに「曲げない」だけではない。
曲げない男は、時代に流されず、しっかりと自分の舌で、また培ってきた知識で「曲げるべきではない理由」を知っていたのだ。そして「これが本物の味だ」という信念を、貫き通した。
そしてそのDNAは、次の世代へ引き継がれていく。

———幼き日の「あんちゃん」は大人になり、家業に誇りを持ちながら外で勝負をする。

弘子さんは製あん所で働いてしばらくすると、本格的に販売を担当することになり、東京で行われる展示会に一人で出展するようになった。 その当時は、大手製あんメーカーと隣り合わせのブースになることが多かったという。

弘子さん:どんな状況でも、展示会に来るバイヤーさんに、自信を持って自社の商品をアピールし続けてきました。隣りの大手さんよりブースの前に出てね、できるだけ多くのバイヤーさんに立ち止まってもらって。負けたらアカンと思いながら。

家業を持つ人にはわかると思うが、幼い頃から親や親しい大人たちの仕事を間近で見ていると、それに対する想いは人一倍強くなることが多い。

弘子さん

弘子さん:最近では、生あんでは大手製あんメーカーより、ウチの商品の方が評価してもらえるようになってきました。

粘り強く、何年もかけて「曲げなかった父の味」をアピールし続けた弘子さんにも、幸雄さんに似た「曲げない力」を感じた。
幸雄さんは今年、85歳を迎える。

幸雄さん:若い頃は100キロの荷物も担ぎましたけどな、いまは自分一人支えるだけで精一杯ですわ。

弘子さん:いや、まだまだしっかりしているんですよ。経理はすべて父の担当です。パソコンも使いこなして、プログラミングも自分でするんです。

幸雄さん:そうやっておだてて、いつまでも仕事をさせようと思ってるんやろ。

弘子さん:だって「ただ」やでな(笑)。

そういって笑う弘子さんと、照れ笑いをする幸雄さん。
あん作りへの思いを共有する者同士、会話の呼吸もぴったり合っていた。

甘みがあるのに、後味サッパリのあんこ。
取材をさせていただき、お二人の会話にもそんな味を感じた気がして、なんだかあんこを食べた後のような甘く幸せな気分になった。



(2017年12月11日取材)
企画編集:三重に暮らす・旅するWEBマガジンOTONAMIE
取材:宮澤 裕司(ライター)

取材協力

伊勢製餡所株式会社
三重県伊勢市河崎1-1-22
Tel 0596-28-5543
HP http://iseseian.jp

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