1994年の酒税法改正による規制緩和に伴い、小規模醸造が可能になったことで全国的に増えた日本のクラフトビール。以来、何度かのブームと淘汰を繰り返し、本当に実力のあるブルワリー(ビール醸造所)が業界の底上げをはかってきた。
三重県=クラフトビールというイメージはあまりないかもしれないが、世界的知名度と評価を誇る「伊勢角屋麦酒」をはじめ、インバウンド訪問者数三重県第1位の火の谷温泉 美杉リゾートが手掛ける「火の谷ビール工場」、東海地方初のブルワリーである「モクモク地ビール工房」など、県内には7社もの個性的なブルワリーがあることをご存じだろうか(2018年10月現在)。
2018年には、伊勢角屋麦酒代表・鈴木成宗氏の呼びかけにより「三重県クラフトビールの会」が発足。7社の醸造担当者が集い、品質向上と消費拡大を目指して意見交換を行うなど、熱い動きをみせている。
世界中の人が飲みたいクラフトビールはどんなビールだろう?
その背景を知るべく、3つのブルワリーを訪ねた。
???伊勢から世界へ「伊勢角屋麦酒ペールエール」
JR伊勢市駅から外宮に向って伸びる外宮街道を歩くこと5分。
伊勢角屋麦酒外宮前店へお邪魔した。
伊勢角屋麦酒のルーツは、440余年に渡って伊勢神宮の参拝客を迎えてきた餅屋の老舗「角屋」だ。1575年の創業以来、造り続けられている、こし餡入りの黄な粉餅はいつしか「二軒茶屋餅」と呼ばれるようになり、現在も伊勢名物として販売されている。
その「角屋」の21代目として生まれた鈴木成宗社長が、1997年に着手したのがクラフトビール事業だった。
老舗餅屋の跡取りがなぜビールを?と問うと「酵母と遊びたかったから」と目をキラキラ輝かせて答える鈴木社長。
聞くと、東北大学農学部時代に微生物の研究に没頭し、卒業後に家業を継いだ後もその熱は冷めず、1994年の規制緩和の際に「クラフトビール事業をすれば醸造を通して、酵母菌の培養や研究ができる!伊勢だけではなく、グローバルに仕事ができる!」と考えたそう。少し突飛なようにも思える鈴木社長の微生物熱だが、これが後に世界一のクラフトビールへとつながり、伊勢を世界へ発信することになるのだ。
伊勢角屋麦酒ペールエール
1997年に創業して最初に手掛けた伊勢角屋麦酒の看板商品がこの「ペールエール」。
発売以来、世界中のコンテストで数々の賞を受賞し、2017年にはビール界のオスカーと称される「International Brewing Awards」のThe International Small Pack Ale部門で最高賞の金賞を受賞した、いわば世界一のビールだ。
???新工場へ
伊勢の名を世界に知らしめたビールの製造現場へ。
増え続けるニーズに応えるため、2018年の夏に稼働しはじめた新工場だ。
現在の醸造専門スタッフはパートを含め7名。年間650klを製造。
そのうち「ペールエール」は200klを占める一番人気の商品だ。
「クラフトビール事業に着手したとき、かなり早い段階で、新聞に“伊勢の地ビール誕生”って出てしまいまして…。鈴木や角屋じゃなくて、伊勢の地ビールって」。
その時に誰が見ても恥ずかしくないもの、世界最高峰のビールを造らなくては…と決意したと言う鈴木社長。そのためには、世界のクラフトビールを知らないといけないと考え、まずは自らがコンテストの審査員になり、あらゆるクラフトビールをテイスティング。1万銘柄以上を口にし、現在では国際大会の審査員も務めるまでに。
日本で一般的なラガー(下面発酵)ではなく、個性の出しやすいエール(上面発酵)で、材料は世界中から厳選した良質な麦、ホップを使用。自社培養の酵母で醸し、試行錯誤の末に生まれた伊勢角屋麦酒ペールエール。
柑橘系の香りをまとい、甘味と苦みのバランスがよく、口の中で風味が膨らみ、キレの良いのど越しで、飲み飽きない味わいを実現。
コンテストへ出品することで、審査結果や批評を見て品質改良や情報交換をし、客観的にわかる形で結果を出し、世界一までのぼりつめた。
「温度管理や瓶詰めなど、オートメーション化できる部分はできるだけして、レシピの作成や、酵母の採取や研究、解析など人にしかできない部分にマンパワーを集中させることで、弊社にしかできないクラフトビールを造っていきます」と鈴木社長。
「海があり、山もあり、伊勢神宮など神域には豊かな自然が残る伊勢は、酵母の宝庫。これからも地元の酵母を使って、気分やシーンに合わせて選べる多様性のあるビールをつくっていきたい」と、その熱は尽きない。
???世界から火の谷へ「伊賀流忍者麦酒」
2件目のブルワリーは三重県津市美杉町にある火の谷温泉美杉リゾート。
自然豊かなこの地に、年間1万人もの外国人旅行客が訪れる。
温泉、日本の原風景、森林に加え、ここで造られているクラフトビールがお目当てのひとつだと言う。
敷地内にある火の谷ビール工場で醸造をはじめたのは1997年のこと。
「火の谷より上は住居が無く、きれいな湧水があり、ビールの仕込み水に適していました。火の谷の天然水、美杉で栽培した小麦や大麦などの原材料を使ったビールを造れば地域おこし、産業になると思った」と、醸造責任者の中川雄貴さん(美杉リゾート代表取締役)。3年程前からは麦やホップの有機栽培にも挑戦している。
伊賀流忍者麦酒
同社のアイテムの中でも一番の人気を誇るのが「伊賀流忍者麦酒」だ。
2013年にインバウンド向けツーリズムとして、伊賀上野観光協会や伊賀鉄道、三重県と協力して「温泉・忍者体験パック」という宿泊プランをつくった際に誕生した。
ゴクゴクと飲め、料理と合わせやすい味わいを狙ったラガー(下面発酵)で、他にはない個性を出すために麦に加え、伊賀酒に使われる酒米「うこん錦」、そして「伊賀黒米(古代米)」を使用しているのが特徴だ。
忍者体験パックではこのビールを使った「忍者麦酒鍋」も食べられる。
「忍者をイメージした黒ビールですが、黒米による黒なので、苦みも少なくライトで飲みやすいダークラガーですよ」と中川さん。
「温泉」「田舎」「忍者」など日本を感じられるキーワードの中で、外国人に馴染みのある「ビール」がひと役買っているというわけだ。
瓶入りは三重土産としてドライブインなどで購入できるが、美杉の自然を眺めながら飲む生ビールは至福の極み!温泉あがりならさらに格別!
なるほど、これは外国人ならずとも泊まりで行きたくなるわけだ。
???農業のプロ集団が手掛ける「セブンホップラガー」
3件目は東海地方初のブルワリー、「モクモク地ビール工房」。
ミニブタショーでもお馴染み「伊賀の里 モクモク手づくりファーム」内にある地ビール工房だ。
1988年に「ハム工房モムモク」として創業した同社はドイツへハムの修行に行っていたスタッフの提案で、ハムやウィンナーに合うビールを自分たちで製造したいと考えていたが、当時は法律の壁があり着手できなかった。
「ビールも麦やホップを使った農産加工品なので、モクモクのコンセプトにもぴったりでしたし、小規模醸造が可能になってすぐに申請を出しました」と、服部義春工房長。
伊賀米の産地としても知られる伊賀は、良質な水に恵まれ、農作物の栽培に適した地だ。同社のクラフトビールも敷地内にある井戸からくみ上げた天然水を使用し、原料の麦も可能な限り自社農園で栽培したものを使い醸す。
麦芽工房を併設しているのも特徴で、自社で麦芽も製造。寒冷地での栽培が適しているホップは厳選した7種類を海外から仕入れている。
セブンホップラガー
数あるアイテムの中で定番商品として人気を誇るのが「セブンホップラガー」だ。
小規模醸造だからこそ出来る特徴のあるビールをと、2016年に開発したもので、7種類ものホップを贅沢に使用した豊かな香りが印象的。自家培養した酵母を生きたまま瓶詰めすることで深みとコク、複雑味を残しつつも、キレの良さと爽やかさも持ち合わせたラガービールに仕上げた。
「柑橘系の爽やかな香りがするので、生ハムや酸味のあるドレッシングをかけたサラダなどとよく合うと思いますよ」と服部工房長。
園内にあるレストランでは、地ビール工房のビールとモクモクのハムやウィンナーが楽しめる。野菜もハムもビールもすべてが、モクモク産。まさに農業のプロ集団が手掛けたこだわりの農産加工品だ。
伊賀の大地が育んだ食、生産者が見える食を五感で体験できる農業公園「モクモク手づくりファーム」(無料開放エリアあり)。
今日もここには国内外から多くの人が訪れている。
クラフトビールの背景には、地域があり、人がいる。
小規模醸造ならではのこだわりと想いがあるから人を惹きつける。
世界中の人が飲みたい三重のクラフトビール。
現地で飲んでみませんか?
(2018年10月9日、15日取材)
企画編集:三重に暮らす・旅するWEBマガジンOTONAMIE
取材:神崎千春(フリーライター)
撮影:井村義次
取材協力
有限会社 二軒茶屋餅角屋本店
三重県伊勢市神久6-8-25(本社)
Tel 0596-63-6515
HP https://www.biyagura.jp/ec/
火の谷温泉 美杉リゾート
三重県津市美杉町八知5990
Tel 059-272-1101
HP http://www.misugi.com/
伊賀の里 モクモク手づくりファーム
三重県伊賀市西湯舟3609
Tel 0595-43-0909
HP http://www.moku-moku.com/
みえセレクション
HP http://www.pref.mie.lg.jp/CHISANM/HP/mieselection/index.htm