性に合うということ。イギリス帰りの蕎麦職人。喜びを創る料理人一家。

???アーティスティックな蕎麦職人

伊勢神宮のある、三重県伊勢市。
衣食住、産業の神が祀られている伊勢神宮外宮の近くに、人気の蕎麦屋があると聞いた。
伊勢市と言えば、伊勢うどんが知られているが、蕎麦とは意外だと感じた。親子3人で営む蕎麦屋に伺った。

お店の看板と空

朝8時。取材日は、雲ひとつない秋晴れの10月中旬。

蕎麦を打っているシーン

蕎麦打ちをしている職人を訪ねると、店内には新蕎麦の良い香りと、ヒーリング系の心地よいBGM。

店内から蕎麦打ちが見られる

このお店の2代目、西村哲平さんは三重県に生まれ育ち、東京の大学院を卒業後イギリスへ渡り、イギリスの音楽レーベルに所属。ダンスミュージックのミュージシャンやDJとしても活躍し、伊勢市に戻った今も、音楽を作り続けている。

蕎麦を練る職人

哲平さん: イギリスに暮らしていたとき、三重県の自然や食べ物のおいしさ、伊勢神宮がある伊勢市の魅力、また家族が近くで暮らす素晴らしさに気が付きました。

店内

このお店はいわゆる老舗蕎麦屋ではなく、哲平さんが大学生の時に、父である孝雄さんが始めた、うどんを中心としたお店だった。
イギリスでのミュージシャンとしての生活から、蕎麦職人へ転身するのは、どういう感覚なのだろうか。また哲平さんが店で働くということに、孝雄さんはどういう反応だったのだろうか。哲平さんにその辺りを伺った。

完成した茹でる前の蕎麦

哲平さん:蕎麦は、曲をつくっている感覚に近いです。香りがあり、しかも食べることができる。おいしいってお客さんに言ってもらえる作品です。店で働きたいと父に言ったとき、父からはきちんと蕎麦を習ってくるように言われたので、横浜の店で修行をしました。

蕎麦を茹でる職人

天候や季節で、微妙に加水率を変えたり、常連さんの体調を考えながら蕎麦を茹でる時間を微妙に調整するという。

新蕎麦
▲新蕎麦

哲平さん:良い蕎麦ができたときは、良い曲ができた感覚に近いです。

蕎麦を包丁で刻む職人

心地よいBGMが流れる店内で、左利き用の包丁がトントンと音をたて、新蕎麦がリズミカルに刻まれていく。今朝打っていたのは北海道産の新蕎麦、約40食分。一瞬も気を抜かず蕎麦を打つ哲平さんを見ていると、そのアーティスティックな性格が垣間見られた。
そんな哲平さんに、父である孝雄さんについて聞いてみた。

哲平さん:父は、あまりこだわりがないと言いますが、めっちゃこだわっていると思います。

???様々な場所で4代続く、料理人一家。

孝雄さん:息子が店で働きたいと言ってきたときは、こんな儲からん商売やらんでええのに、と思うたんやけど。好きなんやなーと。

通常は福井県産の蕎麦(取材時は早期の新蕎麦のため北海道産)を使い、農家まで出向いて交流を深めたり、通常の2:8や10割ではなく、独自に1.5:8.5の割合で蕎麦を打ったりする息子さんのこだわりを、孝雄さんはそう答えた。

西村孝雄さんとカメラ
▲西村孝雄さん

取材に同行していたカメラマンの機材に、興味を示す孝雄さん。ご自身が過去に使っていた古いカメラを見せてくれた。

孝雄さん:これは私の父が買ってくれたカメラです。父もカメラ好きでした。でも当時、カメラはとても高級品。今思うと、父はよくカメラを買ってくれたなぁと、感心します。

そんな孝雄さんの父は、寿司屋を営みながら津市にある調理専門学校の講師をしたり、伊勢調理士会の会長もつとめ、地元の板前からも慕われていた。孝雄さんは企業の保養所の料理人兼運営者として働いたあと、60歳代のときに、この店を開店させた。

揚がった天ぷら
▲主に孝雄さんは天ぷらを担当

孝雄さん:実は私の祖父も料理人。伊勢に出てきて、うどんや定食を出すお店をやっていました。小さいときによく手伝いをしていました。

保養所を退職した後、特に働く必要はなかった孝雄さん。しかし、伊勢の地でうどんを出すお店をやってみたくなったという。

孝雄さん:性に合っていると思ったんです。

天ぷら

誰でも、人生にはターニングポイントがある。
その瞬間、判断を下した理由は、言葉にして明確に語れないこともある。性に合う。つまり性格にあっているということは、生まれつきの性質、天性があることを認識する瞬間なのかも知れない。
続けて哲平さんの母である、廣子さんにお話を伺った。

???頂いたお代より、喜んでもらわんと。

薬味を準備する哲平さん

私:哲平さんはどんなお子さんでしたか?
廣子さん:昔NHKの教育テレビで、ノッポさんの「できるかな」っていう工作をする、幼児向け番組があったでしょ。それをマネしてよく作っていました。そういえば幼稚園の先生は「哲平君は、いつも作品持ってきてくれて、友達に遊ばせてあげてるんですよ」と言っていました。

私:ところで、廣子さんにとって仕事のやりがいとは?
廣子さん:それはやっぱり、お客さんが喜んでくれることです。頂いたお代より、喜んでもらわんと。

三名の集合写真
▲左から西村孝雄さん、哲平さん、廣子さん

なるほど。
何かをつくって、人を喜ばす。そんな一家の性格は一朝一夕でできたものではないみたいだ。
ちなみに廣子さんと孝雄さんは、休みになれば多気町や度会町の産地直売所や農家に出向き、お店で使う主に天ぷら用の野菜を仕入れに行くという。きっと、お客さんの喜ぶ顔を想像しながら、楽しんで仕入れをしておられるのだろう。

性に合うということ。西村家の場合、寿司、和食、うどん、そばなどジャンルは違うが、それぞれに性に合う仕事をされている。
そしてその根源には喜びがあると感じた。人に喜んでもらい、それが自分の喜びとなる。だからもっと人に喜んでもらいたくなる。
そんな循環は、人にとって普遍的な楽しみなのだと思う。
1700年代頃(江戸時代)からおかげ参りで賑わい、おもてなしの精神が培われてきた伊勢の地で、そんなことを思った。

店内に展示されている哲平さんの写真

取材を終えて店を出るとき、私は哲平さんが撮影した、美しい写真に目が止まった。
写真好きな性格も、親子三代続いているのだ。きっとこれも「性に合う」ということなのだろう。


(2017年10月11日取材)
企画編集:三重に暮らす・旅するWEBマガジンOTONAMIE
取材:村山 祐介(OTONAMIE代表)

取材協力

手打ち蕎麦・うどん 柿右衛門
三重県伊勢市旭町366-1
Tel 0596-22-5050
Facebook https://www.facebook.com/手打ち蕎麦うどん-伊勢-柿右衛門-Soba-udon-Kakiemon-345718975568391/

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