忍者の隠れ里、名張。地域で食を繋ぎ、未来を作り始めた人がいる

???いい、お芋ですねぇ。

紅はるかを片手に嬉しそうに話す農産加工会社の杉岡雪子さん。
地元の農家の方たちと紅はるかを使った「干し芋」の商品化に向けての打合せをしたところだった。

紅はるかを手にとる杉岡雪子さん。

杉岡雪子44歳。
大阪生まれの名張育ち、アメリカの大学を卒業後、東京で就職、結婚、出産を経て2006年に自身が育った名張市に戻ってきた。
「やっぱり居心地がいいんですよね。名張時間?っていうんですかね、ゆっくりとした時間の流れが好き」と、笑う。

開発した商品を持って元小学校の建物に立つ杉岡雪子さん。

???隠れ里、名張。

名張市は三重県の西部(伊賀地方)に位置し、大阪や奈良への交通の便も良いことからベッドタウンとしての顔と、赤目四十八滝をはじめ豊かな自然に囲まれた忍者の隠れ里としての顔がある。
ちなみに名張市の地名は「隠れ里」の“隠”の字を「なばり」と読むことに由来するそうだ。

名張の風景。高台から町を見下ろす

「こんなに素敵な町だったんだ・・・。」
名張に戻ってきて再確認したと話す杉岡さん。
地元の民間会社で働いた後、2014年に名張市が立ち上げた名張市雇用創造協議会(※以下、協議会)の職員として約3年間勤めた。

「アメリカや東京にいた頃、日本のこと、自分の地元のこと何も知らないんだなぁ…って痛感しました。雪子の故郷はどんなところ?何が自慢なの?と聞かれても答えられなくて。戻ってきて、当たり前だと思っていたことが魅力だと気付きました。環境もそうですし、食べ物!お米も、野菜も、お肉もこんなにおいしかったんだって。」

名張の魅力をもっと伝えたい。
本当の意味で地域に貢献したい。
そんな思いが原動力となり2017年1月、協議会の元職員ら4名とともに旧滝之原小学校(2014年に廃校)の給食室を利用し、農産加工会社を設立した。

???廃校を利用した農産加工所

杉岡さんらが運営する農産加工所を訪ねた。

旧滝之原小学校校舎

大型商業施設が立ち並ぶ幹線道路から少し入ると、一気に田園風景が広がる。小高い丘をあがると小学校が見えてきた。
本当にここに農産加工所が?と不安になりながら進むと看板が。

農産加工所の入口

この坂道をくだった先に、小学校の元給食室を利用した農産加工所があった。

農産物の加工と新商品の製造、直売。そして販路の開拓もする。
協議会時代に培ったノウハウを活かし、農産物のカットや乾燥、粉末、レトルト、ペーストなどのあらゆる加工を手掛ける。

???人とのつながりから広がる

杉岡さんの1日に密着した。
農産加工所のある滝之原は、豊かな自然に恵まれ古くから農業が盛んな地域だと言う。

パソコンに向いながら話す杉岡さん。

「小学校ってたくさんの人が集う場所じゃないですか?ここにもう一度、多くの人が集えたらいいなと思ったんです」と、打ち合わせの準備をする間も話してくれる。
「地域の活性化っていろんな人の思いが集まるから成り立つと思うんです」。

その言葉通り、地域の農家の方たちが、収穫したばかりの紅はるかを持って打ち合わせに集まった。

打ち合わせに集う滝之原の生産者たち

高齢化が進む滝之原地域で、地域活性化につながる何かができないかと相談を受けたことからスタートした「干し芋プロジェクト」。ジャムや粉末、さまざまな加工品の案があったが、“懐かしいおやつ”として提案した「干し芋」が生産者の興味をひいた。
「せっかくやるなら、生産者さんたちが興味を持てるもの、楽しめるものがいい。」と杉岡さん。

2017年春から取り掛かり、この秋、収穫した「紅はるか」。

かごいっぱいの紅はるか

これまで試作を重ね、そのサンプルを提示しながら、パッケージやコスト、販路について生産者たちと話し合ってきた。

生産者と杉岡さんの打合せ風景

「以前はね、腐らせていたの。例えわずかでも利用できたら、そりゃ嬉しいよ。」
「こうやって集まって、滝之原がんばってるよ!みんなで取り組めることが嬉しい。」
と、口々に話す生産者のみなさん。
打ち合わせというよりは、相談。笑顔もこぼれる。

加工所に「紅はるか」をみんなで運び入れる。

農産加工所に紅はるかを運び入れる様子。

4月の会社設立から約半年で20アイテムもの商品がこの加工所から世に送り出された。
飲食店への加工素材提供も含めればその数はもっと増える。

「規格外のものも、加工という技術で、日の目を見ることができるんです。でもその全部を生産者さんが加工するのは現実問題として難しい。だから私たちが必要な部分をお手伝いしています。何でも相談してほしいです。困難な事もどうしたら実現できるか、そればかり考えています。」と、杉岡さん。

???パッケージやデザインも提案。

午後、杉岡さんはデザイン事務所にいた。
干し芋のパッケージの打合せだ。
お相手は名張出身で名張を拠点に活躍するグラフィックデザイナー、美山莉香さん。

杉岡さんとデザイナー打ち合わせの様子。

名張市内の情報を発信するウェブサイトを企画運営するなど、名張のPRに力を注ぐ活動をしている美山さん。地場産商品のパッケージデザインを手掛けることで名張を盛り上げたいという思いも強く、その点でも頼れるパートナーだ。

打ち合わせテーブル上に並ぶデザインサンプル。

貼りつけるラベルをイメージしていた杉岡さんに対し
小窓を切り抜いて商品そのものを見せるパッケージを提案する美山さん。
なるほど!と、杉岡さんが笑顔になる。

杉岡さん:中身を変えたら別の商品にも使えますね!
美山さん:封筒にしたら郵送もできますよ!
杉岡さん:商品名どうしよう
美山さん:「滝之原からの贈り物」なんて、素敵じゃないですか!?

干し芋からどんどん湧き出るアイデア。

干し芋とパッケージのイメージ写真。

杉岡さんに密着して半日。
私は、干し芋の周りが賑わっているということをじわじわ感じはじめた。

農産加工所前で紅はるかを手に笑う生産者と杉岡さん。

???元給食室を利用した加工所。

加工所の中へ。
ここで加工や研究を行うのも杉岡さんの仕事だ。

農産加工所で説明する杉岡さん。

「お試し加工もしますし、小ロットでも受けています。もちろん、利益を出さなければ続けられません。結果を出すことを積み重ねて認めてもらうしかないんです。」

手掛けた商品を手に笑顔の杉岡さん。

母であり、働く女性として「こどもに安心して食べさせられるもの、自分と同世代の働く女性に響くもの、名張を自慢したくなるもの。」を意識して開発しているそう。
無添加、無着色の製品が多いのも納得だ。

「もう一人、紹介したい生産者さんがいます。」
何でも都市部からの若い移住者がいると杉岡さんはいう。早速畑に向かった。

???名張市梅が丘でトマトを生産する北島芙有子(ふうこ)さん。

大学時代に、アルバイトをしていたトマト農家のトマトの味に衝撃をうけ、「自分でも作ってみたい」と農業をすることを決意した北島さん。大阪から祖父母が住む名張市に移住してトマト栽培に取り組む若き生産者だ。土づくりから栽培、収穫、出荷や販売まですべてひとりでこなす。

「杉岡さんとは協議会の職員をされているときにセミナーに参加して知り合いました。一生懸命育てたトマトが加工されることで無駄にならず、多くの人に届くのは嬉しいです!」と北島さん。

地元の土と堆肥で育ったこだわりトマトが地元で加工、販売され、地域に知れ渡ることで、トマトそのものの販売にもつながる。
食が地域をつなぎ、循環する、そんな姿がここにある。

加工され、製品化された干し芋のサンプル。

豊かな山の恵。
素材のままでは知る人ぞ知る隠れた存在だけど、加工という魔法で関わったすべての人の思いがつながって名張(隠)のタカラモノとなって、世に羽ばたく。

ひとつの加工品の中にたくさんの人の笑顔が見えた。

???おまけの話

もうひとつユニークな事例があると聞いて、名張市役所を訪ねた。
名張市産業部農林資源室の吉岡昌行室長にご挨拶・・・

名刺交換の様子。

!?
なんと名刺がジャム!!!

名刺ラベルを貼りつけたぶどうジャム

「観光PRのために自腹でオーダーしました!」と吉岡室長。
私は食卓でジャムを使う度に吉岡室長のことを強制的に思い出し、生産者さん、加工を手掛けた杉岡さん・・・いろんな人の顔が浮かぶ。


(2017年10月30日取材)
企画編集:三重に暮らす・旅するWEBマガジンOTONAMIE
取材:神崎 千春(フリーライター)

取材協力

イーナバリ株式会社
三重県名張市滝之原1050番地
隠タカラモノ農産加工所内
Tel 0595-41-1505
Facebook https://www.facebook.com/tanoshimifactory/

三重県名張市の特産品お取り寄せサイト 隠市(なばりいち)
https://nabariichi.jp/

人×農×食をつなぐ名張の素敵発見マガジン「nanowa」
http://nanowa.net/

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